たくさんのご応募ありがとうございました。
コンクールの経過はこちら


かべ新聞
トロッコしんぶん
黒部市立桜井小学校1年
袖山 樂久さん
(そでやま らく)
びっくじら新聞
富山市立中央小学校6年
林 芭奈さん
(はやし はな)
やっぱ好きやちゃ 富山弁!新聞
富山大学教育学部附属中学校1年
山﨑 雅将さん
(やまざき がしょう)
キャッシュレス新聞
富山市立東部中学校3年
遠田 琴葉さん
(おんだ ことは)
かべ新聞
ねぎ新聞
南砺市立城端小学校3年
森田 葵帆さん
(もりた きほ)
南砺市立城端小学校3年
宮塚 心都さん
(みやづか こと)
みんなでそなえよう新聞
黒部市立桜井小学校4年
中山 佑さん
(なかやま たすく)
戦争も核兵器もない世界へ 過去の戦争から学ぼう新聞
高岡市立高陵小学校5年
安井 悠尋さん
(やすい ゆうじん)
買い物難民を救う!! 移動スーパー新聞
高岡市立高岡西部小学校6年
秋元 凉大さん
(あきもと りょうた)
かべ新聞
◇小学校
▽上市町
矢野陸翔(上市中央4)
▽立山町
泉野與希(高野3)
▽射水市
林紗矢香(歌の森5)
▽高岡市
髙田維和(福岡4)米田詩央里(高岡西部3)江﨑有希(木津5)岡本春裕(野村4)金山晃大(戸出東部4)
▽南砺市
道海知夏(福光南部2)

◇中学校
▽富山市
大橋安希(水橋2)土肥京華(同3)浅生稜美、今谷夢佳、梅田歩希(同3、共同制作)
▽高岡市
塚田芽那、佐藤柚奈、金井智咲(高岡西部2、共同制作)米澤史華、米澤一華(牧野2、同3、共同制作)
かべ新聞
◇小学校
▽朝日町
水島歩海、山田新太(さみさと4)
▽入善町
宝泉葵生(入善2)
▽黒部市
扇谷奏多(石田2)能澤朱凛(桜井2)
▽上市町
細川柊花(上市中央2)
▽射水市
野開勇吾(歌の森5)刑部奏佑(下村3)北村木音(片山学園4)
▽高岡市
白﨑優妃乃(博労3)大西基晴(木津2)横山楓(能町2)廣上恵李(下関4)仁八結花(野村2)村下心咲(牧野4)唐澤那奈(太田6)久々江いちは、久々江悠世(南条2、同3、共同制作)
▽南砺市
澤田心晴、吉田穂花、岩﨑健(井波4)鈴木理子(福野4)山本えん、宮島鈴(同4、共同制作)

◇中学校
▽富山市
細川亜樹、貝瀬友菜、府和果歩(東部3)押上奈美花、梅澤幸来(岩瀬1)宮野隼太朗(水橋1)新鞍聡一朗、大野奏、松本好之武(同3、共同制作)糸岡杏菜(片山学園1)
▽高岡市
道前天音、山下彩花(伏木1、共同制作)辻󠄀結奈(牧野1)木村綾乃、大門裟羅(同2、共同制作)
 
新聞感想文

富山市立呉羽小学校3年
鈴木 紫緒理(すずき しおり)さん

おかえり、わたしの夏

 し合開始のサイレンが、わたしの夏が始まった合図です。今年も、暑くて熱いこのきせつがやってきました。高校野球の熱戦のけっかを新聞で見るのが夏の楽しみです。
 去年、号外新聞に出合って、今年も楽しみにまっていました。そして、今年もおうえんしている高校が決しょうせんまでかち進みました。
 いよいよ富山県だい表が決まります。せん手の顔や名前、ポジションまでおぼえるくらい新聞を読みこみました。
 決しょうせん、さいしょはまけていたけど、ぎゃくてんしょうりしました。今年もまた、わたしの号外新聞をさがすぼうけんが始まったのでした。「号外新聞、おかえり」。ぶ事に号外を手にして、感動とワクワクが止まりません。
 号外をもらって帰るわたしを、お店の店いんさんも、え顔で見送ってくれました。
 次の日、新聞に決しょうせんのこと、おうえんしているチームのこと、かんとくさんの話など、読みきれないくらいの記事がこれでもかとのっていました。
 ゆかに新聞を広げて、何ども何ども読みました。ぎゃくてんしたことも心にのこりましたが、相手チームについての「あと1本に泣く」という見出しに、わたしははっとしました。自分も、あと少し、もう少しのところでおしかった、というくやしいけいけんをすることがこの先たくさんあると思ったからです。
 そんなときこそ、自分をしっかりもって次に生かせる強い人になりたいです。
 今年の高校野球は、今までと少しちがう気持ちで見ていました。弟が野球を始めたからです。
 なかなかうまくならなくて泣いたりなやんだりしているのを見たり、練習を手つだったりしています。暑い中、弟は毎日練習をがんばっています。わたしは、弟が高校野球でし合に出た時にスタンドでおうえんするのがゆめであり、目ひょうになりました。
 小学生の野球は、ホームランをうつと新聞にのる大会もあるそうです。弟は新聞に自分の名前がのるように、ホームランをうてるようがんばるそうです。
 まずは、弟がホームランをうって新聞にのること、そして高校野球で富山県だい表になって紙面一面に大きく記事がのることがゆめです。そのときは、号外新聞や記事をわたしの高校野球スクラップにくわえたいです。
 また来年の夏も、しょうりの号外新聞を手にすることができますように。
 まだまだ先ですが、弟が甲子園に行くという号外新聞を手にすることができますように。

拡大する
2024年7月27日付北日本新聞 号外

富山市立岩瀬中学校2年
吉田 百花(よしだ ももか)さん

こどもの人権を考える

 夏休みに、県庁で行われた「こども意見表明交流会」に参加した。未来を担う小学生と中学生が知事と意見を交わし、より良い富山県にしていくための取り組みである。これは、富山県が今年初めて開催したものだ。事前に県から三つのテーマが提示され、それについて、自分の意見をまとめて提出する。その後県から指示のあったテーマについて当日交流会で意見を述べる、というものだった。
 普段、私たちこどもの考えを直接知事に伝えられる機会はめっにない。そう思うと、自然と胸が高鳴った。私は夢や希望を相手に伝える時、いつもわくわくする。しかし、今回、自分の考えを伝える相手は知事なので、少し不安もあった。
 さて、交流会当日がやってきた。三つのテーマについて、おのおのが意見を述べる。私は「ふるさと富山の未来」について意見を述べた。富山県における、五感を活用したわくわくのピースを増やし、一人一人が満足できるONLY ONEのパズルを完成させたい、というものだ。名付けて「とやまふふふ♡プロジェクト」とした。
 知事は、私達が提案した意見の反映状況を必ずフィードバックする、と約束してくださった。どんな意見も否定することなく尊重し、しんに向き合って下さっている。それが、何よりもうれしかった。気付けば、初めに感じていた不安はくなり、うれしい気持ちで胸がいっぱいになっていた。
 社会のトップは大人だ。世の中を動かすことができるのも大人だ。でも、現代を生きる私達には、ダイバーシティが求められている。さまざまな角度から物事を見ることが大切だ。そこで、今回のようなこどもの意見を表明する機会が、これからもう少し増えていけばいいなと思う。
 二〇二三年四月。こども基本法が施行された。この法律は、全てのこどもが将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指し、こども政策を総合的に推進することを目的としている。この施策がさらに推進されれば、私達こどもも、世の中を動かすことができるかもしれない。そう思うと、私の心に虹が架かり、未来は希望に満ちあふれていると確信した。
 私達は皆、人権を持っている。一人一人が自由に考えを持つことがる。その意見を否定せず、寛容の精神をもって受け入れる。そんな人がたくさんいる世の中になってほしい。
 今回、このような機会を設けて下さったことに感謝したい。そして、もっと多くのこどもに自分の意見が受容され、人権が尊重されているということを肌で感じて欲しいと思った。

拡大する
2024年8月20日付北日本新聞

高岡市立牧野中学校2年
槇谷 一晟(まきたに いっせい)さん

良き勝者、良き敗者に

 「はあ、また負けた…」
 僕たちの野球部は弱い。毎試合といっていいほど負けてしまう。先輩たちとの最後の試合が終わったときも、この言葉がこぼれた。そして、三年生が引退。僕たちの代になった。高岡市内の中学野球部で、二年生だけで十一人もいるチームはほとんどない。試合で勝つために、毎日白球を追いかけている。
 パリオリンピックでの日本選手の活躍が伝えられていた八月十一日、朝刊を開いた僕の目にこの見出しが飛び込んできた。
「グッド・ルーザーたれ」
オリンピックでも高岡市の大会でも、敗者がたたえられることはまずない。勝負の世界において勝つことがすべてだからだ。「良い敗者とは、どういうことなのだろうか」。新聞を読まずにはいられなかった。
 記事には、オリンピックの体操男子で銀メダルに終わった中国のちょうはくこう選手が、個人戦で優勝した日本選手を拍手で称えたことや、卓球女子シングルスの三位決定戦で敗れた韓国代表のシン・ユビン選手が感極まる勝者の早田ひな選手に笑顔で近づき抱擁する姿などを例にあげ、「グッド・ルーザー」とは、悔しさや不満を抑えて結果を受け入れ、勝者を称え、それでいて自尊感情は失わずに次の一歩を踏み出せる人だと定義していた。勝負の世界で、「グッド・ルーザー」になるのは難しい。だからこそ、その言動には、勝者と同じような強さと感動があるのだと思う。
 しかし、自分自身はどうか考えると、この人たちのようになれていない。負けて悔しい時に相手を称える余裕なんてないからだ。中学野球でさえそうなのに、オリンピックだったら悔しくないはずがない。それなのに勝者を称えられるのは、大舞台で最後まで納得できるパフォーマンスを発揮できたからなのか。それとも、世界トップを目指すトレーニングの中で人間形成ができているからなのか。僕はまだまだ「良い敗者」になれないと思った。
 これからの僕の人生、うまくいくことばかりではないだろう。努力が報われないこと、挫折することも多いかもしれない。そして、野球の試合でまた負けるかもしれない。しかし、これからはその現実を冷静に受け入れ、敗戦を分析し、次の勝利につながるような「グッド・ルーザー」になりたい。
 ただ、真剣勝負の世界で負けるために努力をする人などいない。パリオリンピックスケートボード男子ストリートの堀米雄斗選手は、逆転金メダルをとったとき、言っていた。
「一%の可能性を信じて、最後に実った」
本音を言えば、やはり勝ちたい。堀米選手のようにあきらめず全力で勝負しよう。そして最後に敗者とともにいい試合だったと称えあうことができる戦い方をしたい。この記事から学んだことを胸に努力を続けようと思う。

拡大する
2024年8月11日付北日本新聞

高岡市立南星中学校3年
豆川 葉澄(まめかわ はずみ)さん

「その時」に備えて考えること

 「家族が、自分が脳死になったらどうしますか」。こんな問いかけから始まるこの記事は、小児救急医の種市尋宙ひろみちさんによる、中高生とその保護者に向けた特別講座について書かれたものである。
 脳死判定を受けた場合、本人が拒否していなければ家族の同意により臓器提供できるという法律がある。十五歳未満については両親らが判断を担う仕組みで、深い悲しみや動揺の中、その判断を迫られることになる。
 記事では二つのエピソードが紹介されている。一つは、当時前例のなかった六歳未満の幼児からの臓器提供について。脳死としっかり向き合っていたようだという両親の「息子を誇りに思っています」というコメントは、息子を心から大切に思うからこその言葉だろうと思う。
 もう一方は、事故で脳死状態となった少年の両親の選択について。臓器提供をせず地元に帰るという決断により、たくさんの友人に囲まれて最期を迎えることができたという。どちらも悩み抜いた末の決断であり、それぞれ両親の思う最善であったのだろう。脳死という判定を受けた上で臓器提供をするのかしないのか、どちらであっても批判されることではないが、確かに種市さんの言う通り「普段から考えて、家族に話しておくことは大切」であると考えさせられた。
 そこで、自分にもあてはめて考えてみると、自分が脳死になった場合は臓器提供をしたいと思った。使えるところがあるなら使ってほしい、この先を生きたいという人の役に立ちたいと思ったからだ。しかし、そのことを母に伝えると、「気持ちはよく分かるけれど、実際にまだ生きて温かい身体を前にしたら、あきらめきれないかもしれない」と言われた。
 確かに私自身も、自分以外の家族が脳死判定を受けたとしたら、それでも少しでも可能性があるのではないか、奇跡が起きるのではないかと信じたくなると思う。大切な家族を失うことなど、できれば考えたくないものだ。しかし、それほど重い決断につながることだからこそ、迷いや後悔を可能な限り少なくするためにも、引き続き自分でも考え、家族どうしでも話題にしておくことが大切なのだと思った。
 また、こうして「命を救う、命をつなぐ」ことをよく意識することで自分の命を大切にしようと思ってほしい、という種市さんの言葉を胸に留めておきたいと思う。

拡大する
2024年7月30日付北日本新聞

高岡南高校2年
永原 章久(ながはら あきひさ)さん

争いの絶えない世界

 いつになったら争いのない、平和な世界になるのか。まったく答えの見えない疑問が、頭の中にふっと浮かぶ。「戦闘1年 死者4万人超」と大きく書かれた見出し。パレスチナ自治区のガザ地区で続く、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘を報じる記事だ。開戦の背景、双方の被害や他国との関わり、そしてイスラエルのネタニヤフ首相についての話題と記事は続いていく。なぜ戦争が起きるのか。この単純で複雑な問いが、私を、いや、世界中の人々の頭を悩ませている。
 私は「輪音」という団体で活動している。「輪になって話をしよう」という思いと、音楽用語の「和音」を組み合わせた名称のこの団体は、富山大空襲の体験の継承や、子どもたちに平和の大切さを学んでもらうプログラムなど、さまざまな平和に向けての取り組みを、県内の高校生十人で行っている。富山大空襲を実際に経験した方々のお話をうかがう機会があり、皆さんが口をそろえて「あんな経験はもう二度としたくないし、将来の世代に味わわせたくない」と強調されていたことが印象に残っている。
 しかし、そんな願いもむなしく、今日も世界各地で争いが続く。前述したガザ戦闘のみならず、ウクライナとロシアの戦闘も終わりが見えない。また、アメリカではトランプ氏が大統領選の演説中に銃撃されたり、日本周辺でも中国による領空・領海侵犯や北朝鮮によるミサイル発射があったりと、平和とは到底言えない世界となっているのが現状だ。この状況を打破するには、一体どうすればよいのだろうか。
 私は、一人ひとりが考え方を変える他に手はないと考えている。どの戦争も、きっかけは自分たちの利益を増やしたい、もっと権力をもちたいというリーダーたちの私利私欲なのだ。なぜ平和という現状を壊し、多くの人の命を奪って、利益を得ようとするのか。私には理解できない。そんな利益は利益と呼べるのだろうか。本当に価値があるのか。まだ知見の浅い私の意見がすべて正しいとはいえないだろうが、戦争によって多数の尊い生命が奪われているのは、まぎれもない事実である。そういった現状を理解した上で、自分たちにも何かできることがないか考えてみてほしい。
 先日、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞した。この団体は、被爆者という立場から核兵器の廃絶を訴える活動を続けてきた。しかし、被爆者、戦争を体験した人々は年々減少しており、近い将来には必ずゼロになってしまうのだ。唯一の被爆国であったとしても、その記憶をつながないことには、世界平和を訴えることはできない。来年は終戦80年という節目の年である。この機会に、テレビや新聞で戦争について知見を深め、平和について思いを巡らせてほしい。

拡大する
2024年10月7日付北日本新聞

高岡工芸高校3年
有藤 咲貴(ありとう さき)さん

看護師のユニフォーム

 先日、砺波総合病院の看護師のユニフォームが変更されるという記事を読んだ。従来は白衣、男性が着用する青のスクラブ、女性が着用するピンクのスクラブの三種類があったそうだ。しかし、白衣は体形が分かりやすいという理由から廃止され、スクラブはジェンダーレスの希望から男女共通の色が採用された。スクラブの色は二色あり、日勤者と夜勤者で使い分けるとのことだ。このような取り組みは、現代社会における多様性の尊重や職場環境の改善に向けた重要な一歩だと感じた。
 まず、ユニフォームのジェンダーレス対応について考えると、性別に関係なく誰もが快適に働ける環境が整うことは非常に大切なことだと思う。日本看護協会の調査によると、過去一年間に職場で何らかの暴力やハラスメントを受けた経験がある看護職員は五十二・八%にも上るそうだ。
 性別では女性は五十二・九%、男性は五十一・五%となっている。一見性別による差はないように見えるが、女性は患者からのセクシャルハラスメントが多く、男性は同じ勤務先の職員によって精神的なハラスメントを受けることが多い傾向にあるそうだ。制服を変えただけで全てを改善できるわけではないが、性別にとらわれずに働くためにも必要なことだと思う。
 次に、勤務帯による色分けについてだが、これはとても実用的なアイデアだと感じた。私の友人のお母さんが看護師をされているのだが、以前友人の家に泊まりに行ったときにちょうど夜勤だった。その際に勤務時間の長さに驚いた。調べてみると、看護師の夜勤の勤務時間は十六時間程のところが多いそうだ。それ以外にも、命に関わる現場だからこそストレスが大きいことや、一人ひとりの負担が大きいことなど、看護師という職業はとても過酷な職業であることを知った。
 スクラブの色を日勤者と夜勤者で使い分けることで、視覚的に一目で区別できるため、業務の効率化が期待できる。少しでも看護師の方が働きやすい環境を作るためにも、この記事のように現場の方の意見を聞き、積極的に実行していくべきだ。
 私たちの社会は、性別に基づく固定観念や仕事観に関する問題が根強く残っている。しかし、こうした取り組みが進むことで少しずつその壁が取り払われていくのではないだろうか。医療は私たちの生活に密接に関わっており、看護師など医療従事者の方の働き方を見直したり多様性を尊重したりすることは、社会全体にとって価値のあることである。
 私はもう働くことができる年齢であり、高校生でありながら成人でもある。自分の意見や行動によって社会に影響を与えられるということを理解し、このような社会問題やその問題に対して現在行われている具体的な対策について興味を持つ必要があると考える。

拡大する
2024年6月19日付北日本新聞
新聞感想文

滑川市立田中小学校4年
柏原 優真(かしはら ゆうま)さん

特別な力をもつ新聞

 ぼくのおじいちゃんは、毎朝4時に起きて新聞が届くのを待っている。そして、朝ごはんを食べるのを忘れるくらいゆっくりゆっくり時間をかけて読む。
「新聞って、そんなにおもしろいの?」
と聞くと、
「世の中のことがよくわかるよ。良いことも悪いこともね」
と教えてくれた。ぼくは、新聞でなくてもテレビやネットで調べればわかるのにな、と思っていた。
 そんなとき、ぼくの考えがかわる出来事が起きた。絵画コンクールに入賞して、ぼくの名前と作品が新聞にのったのだ。そのページを探して切り取り、何度も見返した。記事を見ると、なぜか家族みんなでその絵について話がもり上がる。おどろいたのは、ママの知り合いの人から、お祝いの連絡がいくつも来たことだ。コンクールに出したことを知らせていないのに、新聞を見て知ったらしい。このとき、新聞にはすごい力があると思った。それからぼくは、新聞にきょうみをもつようになった。
 以前は、新聞を習字の練習台紙にしたり、物を包んだりすることに使っていた。そういうものだと思っていたし、読みたいと思ったこともなかった。だから、おじいちゃんが言ったことの意味もよくわからなかった。
 けれど、新聞を読んでみると、おもしろい記事を見付けたり、知らなかったことをくわしく知ることができたりする。そして、家族やいろんな人と同じ話題について話すことができる。細かくてむずかしい漢字は読めないけれど、大きな見出しや写真があるので、オリンピックのかつやくや、じしんや事故、季節の話題、いろいろなじょうほうがだいたいわかる。これがもっと読みたくなるひみつだと思う。
 宿題で、夏休み新聞を書くことになった。大変さよりも、書きたいことがたくさんあってワクワクした。記事のテーマは、魚津埋没林博物館で地下水について学んだことに決めた。いつ、どこで、どんなことがあったのか学校の友達にわかりやすいようによく考えながら書いた。そして、読み手を引き付けるような題をつけ、目立つように文字の大きさや太さや色を工夫したり、写真を貼ったりした。
 当たり前に家にあった新聞が、実はすごい力があることや、読む人のことをそうぞうしてわかりやすく書かれていることを知った。ぼくのおじいちゃんだけでなく、きっと新聞を待っている人は他にもたくさんいるだろう。伝えたいことをまとめるのは大変だし、読む人がきょうみをもつかどうかもわからない。よく考えられた文だからこそ、新聞は人に伝わる記事になっているはずだ。さて、ぼくの夏休み新聞もそうなっているだろうか。学校の友達の反応が楽しみだ。

富山市立堀川南小学校6年
小橋 晟(こばし じょう)さん

いろいろな権利があっていい

 「家族が、自分が脳死になったらどうしますか」。この記事を読んで、今まで考えたこともないことを知った。家族の同意によって移植のために臓器を提供できるようになったのが2010年。僕がまれた12年に、6歳未満で初の法的脳死判定を受け、臓器提供した男児の主治医だった医師の記事だ。
 医師は、当時の臓器提供の話のほかに、次の体験談を紹介している。県外から来ていた10代の少年が富山の海でおぼれ、脳死状態となり、家族は選択をせまられた。「富山大病院に残る」「臓器提供」「地元の病院に転院し最期を迎える」という三つの選択肢の中で、家族は地元に帰ることを選択した。何百キロも離れた土地へ移動する救急車の中、危険な状態だったそうだ。どうにかたどりついた病院の玄関で友達が数十人出迎えてくれていた。そして、その後亡くなったそうだ。家族は医師に「ご恩は一生忘れません」と話したという。
 脳死ってなんだろう、どういう状態なのだろうと思い、調べてみた。脳死とは、脳の全ての働きがなくなった状態で、どんな治療をしても回復することがなく、人工呼吸器などの助けがなければ心臓は停止する。つまり助からないのだ。僕は全く知らなかった。そしてすごく怖くなった。
 この記事を読んで、家族と話し合ってみた。僕は想像がつかなくて何も決められなかったが、両親は決めていた。その時になって考えが変わることもあること、どれが正しいというわけではなく、自分で選べば良いのだということが分かった気がする。
 この記事で、担当する医師もたくさん悩み、家族の言葉に救われたことが分かった。命が救えなくても、いろいろな方法で選んだ最期を迎え、幸せにする。そういう医療がすごいと思った。また、日本ではまだ臓器移植があまり定着していないことも、なんとなく分かった。
 脳死や臓器移植について考えようと言われても、そのような想像はしたくないし、考えたくもないと思うかもしれない。でもその時は突然襲ってくる。動揺する中で思い悩むことのないよう、考えておくことは大切なのだと思った。
 記事の最後に、「命を救う、(移植で)命をつなぐことがどれだけ大変なのか。それを理解し『自分の命を大切にしよう』と思ってほしい」と書かれていた。そのとおりだと思った。僕は命を大切にしたい。そして、知らなかったということがないように、脳死と臓器移植について自分なりに考えておこうと思う。

拡大する
2024年7月30日付北日本新聞

富山市立堀川中学校3年
小橋 菜々実(こばし ななみ)さん

多様な価値観とウェルビーイング

 「女性は我慢して当然?」。昨年の県人口移動調査によると、転入、転出による人口の増減において若い女性の県外流出が続いている。都会で働きたいと思う女性が多いのだろう。一方で、記事に書かれているように、県外でキャリアを積み、富山に戻りたいと考える女性も少なくない。
 ひと昔前に比べ女性の選択肢は広がり、社会進出が進んでいるが、記事を読み、女性が活躍するにはまだまだ課題があるのだと知った。男性は仕事、女性は育児という考え方や、女性を取り巻く環境は改善されてきているものの、今も女性だからと我慢を求められる部分はあるのかもしれない。私はまだ中学生だが、両親のおかげで性別によって選択肢を制限されない環境で育ってきたと思う。
 私には県外に友達が何人かいる。方言の違いやその地域の学校生活、遊びに行く場所などで会話は弾み、会いに行くと、富山では見られない景色を見たり情報を知ったりできてとても楽しい。それは楽しいだけではない。その地域の良い部分とそうでない部分など、さまざまな情報を得ることができ、学びにもなるのだ。
 また、私は今のクラスで海外から富山に来た友達ができた。日本語は少し難しい部分があり、周りは遠慮がちだったが、私はあまり気にならなかった。むしろ、何カ国語も話せる彼女に英語を教えてもらったり、経験談や価値観を聞いたりして、知れば知るほど魅力的なのだ。こういった体験から、視野を広げていろいろな地域のことを知ることはとても大切なのだと、最近特に感じるようになった。
 女性だからということに限らず、田舎は隣近所の目を気にし、人と違うことに敏感で窮屈さはあるのかもしれない。しかし、人と人とのつながりや温かさがある。都会は色々な人の価値観に触れられ、自由で刺激的な良さがある。さらに海外の人からは、これまで知ることがなかったパワーを感じることができる。このようなことを今は理解できる気がする。
 そして、「どんな状態を幸せと思うかは人それぞれだし、他人がものさしを当てて測るものではない」という山内さんの意見、「正解が一つではない問題の方が一般的で、寛容に物事を受け入れることができれば、自然とウェルビーイングな状態に近づいていくのでは」という明石さんの意見に共感した。「多様な価値観に触れるという観点から、読書量は幸せ度につながる気がする」という点にも深く納得した。
 女性が我慢しなくてよい社会になるためには、皆が多様な価値観をもち、寛容に物事を受け入れられるようになれば良いのだ。時間はかかっても、私たち若者はそれができると思う。その結果、富山がもっと活気あふれるのではないだろうか。そして、私はもともと読書が好きなので、この記事に書かれていた「年間もう1冊」を実践している一人である。

拡大する
2024年1月1日付北日本新聞

高岡市立牧野中学校3年
石灰 大晟(いしばい たいせい)さん

霊峰・立山は守ってくれない

がくぜんとした。八月三日、いつものように朝刊を広げると、目を疑う記事。マグニチュード7以上の地震を引き起こす恐れがある活断層が、富山湾内や能登半島周辺に十五カ所あると、政府の地震調査委員会が公表した。
 能登半島沖に活断層があることは知っていたが、「能登半島北岸断層帯」や「上越沖断層帯」など、長さが八十キロメートル以上ある断層も存在する。南海トラフなど太平洋側の地震予測については、以前から調査が進んでいるが、比較的地震が少ない日本海側の調査は遅れている。新たな活断層が見つかったという事実を信じたくはないが、現実を受け入れなければならない。
 令和六年一月一日、能登半島地震が起きた。僕は立山町の祖父母の家で楽しく正月を過ごし、夕方家を出てまもなく、車内で地震に遭遇した。パニックの中、津波警報が発令され、海に近い高岡の自宅へ戻らない選択をし、立山町の避難所で一晩過ごした。東日本大震災の津波を想像してしまい、恐怖で眠れなかった。
 翌朝、不安なまま自宅へ戻ると、物が落下し散乱していたが、それ以外の被害はなかった。しかし、同じ高岡市の伏木地区や氷見市では、液状化や家屋倒壊の被害があり、震源に近い輪島市や珠洲市などの能登では、火災や家屋倒壊などで二百人以上の尊い命が失われた。いまだ行方不明の方もいる。発生から半年以上経過した今も、復旧が進んでいない。
 富山県は、地震が少ない県と言われている。霊峰・立山が守ってくれる、という話もよく聞き、地震に対する意識が低く、油断している人も多かったのではないだろうか。かつて立山は神が住む山と言われており、信仰の名残で立山が守ってくれるという考えが広まったようだ。僕も能登半島地震を経験するまでは、その考えを信じていた一人である。しかし、立山は守ってくれないと分かった。今日起きるかもしれない地震に対して、一人ひとりが真剣に考えていかなければならない。
 僕は、能登半島地震で津波に恐怖を感じた。実際、津波の避難訓練の経験がほとんどなく、今津波が来てもどう動いてよいか分からない。南海トラフで津波の被害が予測される高知県では、津波避難ビルやタワーが設置されており、地域住民を対象にした避難訓練も行われている。僕が住んでいる富山県では、避難タワーは存在しない。自宅周辺に高い建物もない。日本海側はすぐに津波が到達するので、迷っている時間はない。
 今回の活断層の記事で、地震への意識は確実に高まった。一人ひとりが今できる備えをし、地域で対策を考えていくことが大事である。今まで無関心だった地域での避難訓練にも積極的に参加し、近隣の人と訓練を重ねていくことが自分の命を守ることにつながるだろう。

拡大する
2024年8月3日付北日本新聞

富山高等専門学校  射水キャンパス1年
梅澤 環名(うめざわ かんな)さん

新聞って、やっぱりいいな!

 高校生になり、新聞を読む機会が格段に減った。中学生までは、学校から祖父母の家に帰ってすぐに新聞を読むことが習慣となっていたのだが、祖父母の家に行くことが少なくなり、帰宅時間も遅くなった。以前のように、ゆっくり新聞を読む時間もない日々を過ごしていた。しかし、最近、「新聞ってやっぱりいいな」と思わせられることがあり、ずっと心に残っている。
 私は今、中学生まで通っていたそろばん教室で、年下の子供たちにそろばんを教えている。その教室に、私が去年、この新聞コンクールで賞をとったときの記事の切り抜きが貼ってある。それを見るたび、少し恥ずかしい気持ちになって、子供たちに見られたくない、と思っていた。
 しかし、ある日、一人の女の子に「あの新聞って、先生のこと?」と話しかけられた。恥ずかしく思いながら「そうだよ」と答えると「そうなんだ。先生ってすごいね!」とその女の子は笑った。その笑顔を見たとき、恥ずかしさでいっぱいだった気持ちが晴れて、うれしさでいっぱいになった。こうして記事で残るからこそ、自分のことを知ってもらえることに気づいた。
 また、ひさしぶりに新聞を読む時間ができ、ぱらぱらめくっていると、見覚えのある名前を見つけた。それは、中学校の同級生がかいた四こま漫画だった。別々の高校に入り、連絡を取ることもなかったため、今どうしているのか全く分からなかったが、中学生のときと同じタッチでかかれた絵を見ていると、その子が充実した学校生活を送っているのだということが伝わってきて、「私も頑張ろう!」という気持ちにさせられた。
 テレビやインターネットには情報があふれ、すぐに知りたいことを知ることができる。もちろん、便利に違いない。けれど、新聞には新聞の良さがある。ずっと昔の記事をとっておくことができるし、こうしてつながりを得ることもできる。新聞のほうが、ずっと身近で親しみやすい。だからこそ新聞はなくならない。これからも新聞を読み続けたいと思うし、もっと多くの人に手に取ってもらいたいと思う。

星槎国際高校3年
吉田 茉央(よしだ まお)さん

暗がりの「本の街」

 「『本の街』から地方後押し」。東京都から、喜ばしい話題が届いた。小説家の今村翔吾さんが、シェア型書店(=本棚を間借りできる書店)を立ち上げたという。読書家である私にとっては、非常に胸が高鳴る内容である。その一方で、私の身近にある「本の街」は、衰退しつつある。
 昨年、近所にあった二つの書店が立て続けに閉店してしまった。そこは、私の心のどころのような場所だった。店に向かう道中に見える、蛍光色の「本」の字がきらめく大きな看板。店に足を踏み入れ、紙の匂いやカフェから漂うコーヒーの匂いに包まれる。本を開き、知らない世界に飛び込む。そんな時間は、私の心にじっくりみ渡った。
 しかし、そのような場所は、次第に私にとって〝必要な場所〟から〝なくても困らない場所〟へと変わってしまった。
 理由は、ネットショッピングの手軽さを覚えたことだった。中高生となり、タイムパフォーマンスを重要視するようになった。効率を考え、優先順位を決め、大好きな趣味を後回しにすることも増えた。そして、その生活を加速させたのが〝ネットショッピング〟の存在である。晴れの日も大雨の日も、注文ボタンを押してしまえば、後は家に届くのを待つだけ。その魅力のとりことなり、いつしか私の欲しいものは、ほとんどネットショッピングで得るようになっていた。
 そういった生活を続けること、数年。近所にある書店が閉店するという知らせが届いたのだった。途端に、私の脳内を〝後悔〟の二文字が埋め尽くした。目先の利便性にとらわれて、奥深くにある〝心〟を忘れてしまっていた。
 もちろん、場合によっては、時間をお金で買わざるを得ないこともある。けれども、たまには、値段がつけられないような時間をゆっくりと楽しむことも大切だろう。
 近所の「本の街」は、よいもひっそりとしている。この街に、私のような消費者がゆっくり消してしまった光を再びともすことは、すぐには難しいだろう。だが、ゆっくり消してしまった光は、ゆっくり灯ってもくれるはずだ。書店や書店員のかたへの感謝とともに、次のページをめくっていこうと思う。

拡大する
2024年6月13日付北日本新聞
新聞感想文
◇小学校
▽入善町
塚田美紀(飯野6)
▽黒部市
奥村美咲(中央4)
▽富山市
林美典(堀川南3)水島彩巴(呉羽2)中川健聖(同4)岩井理乃(富山大付属1)
▽高岡市
嶋原颯真(高岡西部6)山本さくら(牧野5)大井映奈(戸出東部3)
▽小矢部市
笹川開鼓(石動6)

◇中学校
▽入善町
貞益希星、藤井結梨(入善西2)
▽富山市
浅尾由理奈、黒田桜愛(北部3)
▽射水市
田中圭那、石黒楓奈、和田悠暉(新湊南部2)朴木七海、湊惣右介(同3)蓮沼誠史(小杉南2)
▽高岡市
川口真生(高陵2)圓佛彩音、矢澤一華(南星1)梶原麻帆、伊藤紗羽、林優成、窪田香乃(同2)盤若虹凪(同3)小松綾斗、鈴木弥子(志貴野3)小熊葦央(伏木2)上井悠稀(牧野2)
▽氷見市
前田哲将(西條1)木村賢太朗、横田悠真、野村友愛(同2)
▽砺波市
南部結衣(庄川1)松田一花、品川杏奈、山森貴矢(同2)

◇高校
稲垣心優(小杉2)林優衣、甲谷玲衣、森川有紗(大門1)杉本みのり(新湊2)山元悠雅(高岡1)薬師子龍(高岡南2、2点)布目真唯、西崎弘一、村江美波、瀬戸楓和、中川瑠香、上坊寺桜子、今庄夕理、向野乃葉、山口聖梛(氷見1)島田奈那子(砺波1)長谷川雅士、石黒侑、髙澤伶綺(高岡向陵2)佐々春奈、前田和、居川知世、小林颯太、髙林昊太郎、荒井まりの(富山高専射水3)
新聞感想文
◇小学校
▽射水市
橘奏志(金山6)
▽高岡市
有澤龍芯(福岡4)圓佛みなみ(木津3)
▽小矢部市
井上志真(石動6)
▽南砺市
溝口詩織(福野2)

◇中学校
▽入善町
森くるみ、上島彩愛、廣多志茉(入善西1)藤井杏菜、金森美咲、鈴木莉子、木村龍弥(同2)
▽黒部市
森香音(清明1)西山心晴、能澤佳子(同2)
▽富山市
升谷友莉乃(芝園3)津島彩音(岩瀬1)馬庭心晴(城山1)橋北ひなた(八尾3)
▽射水市
赤壁茉桜(新湊南部2)永田結唯、村田知優、山﨑彩花、浦上里菜(同3)黒川真実、松本陽彩、吉村心玖(小杉南2)黒田愛莉、水野柚奈、肥田凱青(同3)
▽高岡市
宮嶋佐和、山本ひなの(高陵2)武田弥恩(高岡西部2)釣美月、石岡諒也、瀧川紗絵花、堀川佳緒、田村美月、坪田紗良(南星2)田中利咲、宮原てる(同3)高野敬(志貴野1)折本悠斗、小久保篤希(同3)有元瑞希、秋元沙紀(伏木3)寺下愛姫(五位1)小西心菜(同2)清藤結衣(戸出1)杉山唯衣花、山本ひまり、大能穂花(同3)土田悠斗(牧野2)六渡莉咲(同3)稲垣結笑乃(福岡1)地﨑陽翔、佐伯魁斗(同2)河原利音(国吉義務教育9)
▽氷見市
笹村苺花、寿田麻菜美(南部3)安藤颯太、宮本悠希、山崎輝良、多嶋蒼平、籠陸斗、能登谷優月(西條1)有澤舞菜美、松村菜花、石原悠希、紺野七々華、神田旺、谷島歩美、菅田杏咲、藤井里奈(同2)
▽砺波市
伊東遼人、長森一樹(庄川1)石黒白羽、野﨑博夢、吉江みずほ(同2)但田橙哉(同3)
▽南砺市
石田祥(城端1)大門奈央(吉江3)

◇高校
楠真志、覚田寛太(富山西2)薬師凛(小杉2)私市莉緒、小林拓未、大橋丈一郎、上塚彩生、土田天音、松木ひな太、羽岡萌衣、岡本汐生、梶本麻央、髙木桃子、小竹里奈、吉村怜恵、髙木涼祐、長久龍之介、澤田奏汰、酒井俐来、高島美香、野村悠翔、遠藤栞奈(大門1)金子美月、嶋成海、若林里咲(新湊1)多田心羽、門嶋美侑、伊藤桃香(同2)渡邉楽(高岡工芸3)午房舞琳(伏木3)山本颯真、堀井千彩、中西結菜、矢野尚仁(高岡南2)飯沼美玖、向山晴太、黒田香麗奈、大賀玲奈、園杏樹、立野空侑、庄谷謙介、鍛冶彩羽、伊藤瑠星、磯部栞夢、西井勇人、多地翔星、田中陽菜、四十九沙那、赤壁小雪、山凱士(氷見1)西田芽生、南心海(砺波1)竹田桃逢、髙野彩和、柿原未來(高岡第一1)林剣吾(高岡向陵2)中島央介、經あい(富山高専射水3)
 
家族de新聞スクラップ
ストリートピアノでふれあおう
高岡市立戸出西部小学校2年
熊野 伶真さん
(くまの りょうま)
ゲームで防犯対策を!!
富山市立神保小学校6年
奥野 美玖さん
(おくの みく)
いつ発生するか分からない自然災害に対して
高岡市立下関小学校6年
黒田 栞乃子さん
(くろだ かのこ)
陸上競技 花形 400mリレー
入善町立入善中学校2年
砂田 結衣さん
(すなだ ゆい)
命に関わるうその情報を許すな!
南砺市立福光中学校2年
松本 志唯さん
(まつもと しい)
増える認知症のお年寄りのために今私たちができること
南砺市立福光中学校2年
東田 彩吹さん
(とうだ いぶき)
家族de新聞スクラップ
五かやまで、こきりこをたのしもう
砺波市立砺波北部小学校1年
水戸 彩音さん
(みと あやね)
ウクライナに一日も早く平和がもどるために
富山大学教育学部附属小学校3年
澤田 理日子さん
(さわだ りかこ)
水なん事故から命を守れ!
富山市立芝園小学校4年
志甫 彩乃さん
(しほ あやの)
未来の地球のために1人1人が意識して
高岡市立高岡西部小学校6年
片山 梨瑚さん
(かたやま りこ)
運転手ファースト、利用者ファーストな社会へ!
富山市立山室中学校2年
林 実咲さん
(はやし みさき)
給食作りの工夫
高岡市立高岡西部中学校3年
池田 旭穂さん
(いけだ あきほ)
家族de新聞スクラップ
◇小学校
▽黒部市
南奏空(たかせ4)朴谷奏那(桜井2)
▽魚津市
新井佑(経田1)
▽滑川市
新田結士(北加積6)
▽立山町
村上緒(立山中央4)藤城奈桜(同5)板倉凪(利田5)
▽富山市
大場旭(萩浦3)中沖歩乃歌(堀川6)髙盛南菜(堀川南3)山本和香(同6)納村藍未、若松杏奈(八尾6)前澤采花(桜谷4)近藤碧桜(五福2)立野樹(富山大付属2)吉村玲音、宮田藍(同4)奥望帆子、富澤玲依(同6)
▽射水市
土合咲綺(大門2)松本夏音(同3)北村木音(片山学園4)
▽高岡市
若島結華(福岡4)順德栞子(高岡西部1)小森結月(同4)藤本麻菜(木津2)北結梨(同5)土合沙來(能町4)小幡実来(高陵3)平野芽(下関5)山本依奈(野村1)山香涼(伏木5)野紗愛(古府4)澁なずな(牧野5)西島うらら、吉田悠真、新保結菜(南条5)
▽氷見市
横田祈李(宮田3)
▽砺波市
平尾優理花(出町2)水戸椋太郎(砺波北部3)

◇中学校
▽入善町
栗虫玲羽、大村花琉亜、杉田瑞歩、愛場花穂(入善2)松田亜美(入善西3)
▽黒部市
岸岡篤樹(清明1)青木優奈(同2)近川藍子、車谷穂香、池村麻里、千代彩生(同3)
▽富山市
森心南、中田智裕里、小川愛実、南日花陽実(東部3)麦谷詩絵、佐伯美緒(北部3)久保田穂風、山本咲月、清水絢太、放生紘輝、日南田莉央、棚瀬はな(岩瀬1)奥田桃加(同2)大谷遥香、関萌々果、庄司憲心、小林想來、善光寺史織、田中美緒、稲澤美梨愛(呉羽1)水島彩暖、本田心陽、村上梨花、二宮由衣、大門瑞月、山下絢羽、浦田琴羽、舟竹心花、舟竹心彩(同2)関寧々果、髙橋夏音、井上真緒、小西美空(同3)相澤柚希(水橋1)小泉倫、青山莉乃、齋藤依央、髙瀨凪彩、福田珠々、森田陽菜(藤ノ木1)並川結花、佐野川翼紗、杉林芽、澤井瑠花、竹内爽愛、沓掛唯(速星2)横井珠希、奥野莉子(城山3)小宮悠生(八尾1)髙橋麻也(片山学園2)
▽射水市
渡辺花蓮、赤壁茉桜、髙木琉那(新湊南部2)石黒鈴奈、酒井萌華、吉岡空駕(同3)柴田萌衣(小杉南3)
▽高岡市
小島千誉(高陵3)順德葵子(高岡西部1)川村美佳、松原そら(芳野2)山桜香(伏木2)澁ももこ、高戸彩葉(牧野1)
▽砺波市
曽根大和(出町3)
▽南砺市
宮川花香(福光1)森柚乃(同2)奥野愛瑞美(吉江1)谷口友彩(同3)
家族de新聞スクラップ
◇小学校
▽黒部市
山田茉子(生地6)山内雅仁(中央5)髙嶋奏佑(桜井2)鎌野将臣(同4)
▽滑川市
萩原菜都奈(寺家3)小泉愛珠、砂子海空(同6)
▽立山町
中山律(立山北部3)杉林晃成、川本結愛(同5)大野颯斗(高野1)間野稀文(立山1)
▽舟橋村
川尻海晴(舟橋6)
▽富山市
仲田尚央(豊田5)竹田朱里、大田紗礼(藤ノ木3)𠮷田直央(堀川1)荒幡こゆき(同2)牧田希菜(同5)島田優菜(神保5)中山詩、名田谷はるか、高桑煌斉、宮本萌生、金厚遵、金厚伶奈(八尾6)西田優月(呉羽2)馬渕優空(同3)庄司彩桜、藤田愛花里(同6)竹内陸(芝園1)市川結子(光陽5)近藤しほ、米沢優志(富山大付属6)
▽射水市
真野来実(小杉6)権藤睦人(歌の森2)安川元陽(同4)柴田彩衣、柴田結衣(中太閤山5)田中律花(大門4)末松七星(大島5)
▽高岡市
有澤龍芯(福岡4)有澤優芽(同5)若島彩葉、綿谷果歩(同6)小島滉太朗(博労6)二上詩帆(高岡西部5)池田充宏(同6)村上嬉衣(木津2)下田淳平(同5)松村胡春(同6)安田美波(能町4)二口紗弥(同6)下久保健太、松原浅陽(高陵1)黒田こと子(下関3)加治悠希(同5)山香葉(伏木3)髙木絢愛(牧野6)大森姫羅、山田明日香(太田6)釣乙葉(南条2)福島咲耶、石黒史浩、山田柑奈、林百々香、川村悠真、関口優佳、浦島しずく(南条5)米田弦叶(戸出西部1)南咲良(同6)
▽小矢部市
可部谷英茉(石動1)髙田侑唯華(同2)沼田優芽(大谷1)
▽砺波市
平尾和花奈(出町5)
▽南砺市
本多さくら(福野3)

◇中学校
▽入善町
松田彩花、扇原彩羽(入善2)杉沢惟名、井田琉恩、神田煌大、若島秋乃、高見夏稀(入善西3)
▽黒部市
蛇澤皐月(清明1)吉田徠羽(同2)本島鼓弥大(2点)、山田倖、谷川真彩、氷見芽子、高橋丈那、大橋七未、谷口朱音、黒部愛華、平澤葵、林知寛、三日市芽衣(清明3)
▽富山市
若林美矢乃(堀川2)中島和奏、杉木千織、大黒皓生、田代琴寧、山田侑奈、北村理湖、良峯咲希、成田大倭(東部3)的場未来乃、藤倉偉央、西川さくら、太田紗綾、立花恋都、村井菜恵、五十嵐穂波、柴田若奈、園田朝日、谷川心陸、嶋田美樹(北部3)横井莉愛、板川あさひ、仲田葵泉(岩瀬1)宮重花帆(同2)岡本佑希奈、宮本飛鳥、坂口彩羽、瀧川颯、新屋歓奈、池畑光、矢敷仁來、前田瑚遥、窪田琴乃、柴詩、黒田愛乃、石原陽奈、鈴村心結、山田春奈、越後青空、山田怜奈、土田麗桜、細矢優花(呉羽1)土田莉愛、永田詩織、山本月暖、岡崎壮真、鈴木代悟、北瀨佐菜、久郷由依、中山奏、山下紅華、島津怜愛、藤田優花(同2)朝倉久稀、竹多花音、宮本梨愛、中尾颯太、ベリーモワアガタ、佐藤祐歩、作屋なのは、柴彩、西川征奈、小林琉愛、二保茉央、渡邉友菜、増山珠世、髙橋俊伍(同3)平井碧(水橋1)船平和奏(同2)相山琴音、北島苺花、堀田彩永、岩田琉希(同3)藤井弥來、山崎楽真、米澤凛々愛、古川清心、山口倖那、孝橋莉菜、見浦愛咲、野口結衣、横山史佳、中山華寧、宮崎奈桜、北村結翔、松下光梨、鳴海絢音、南うらら(藤ノ木1)吉川維恭(2点)、若林向日葵、宮本絢夏、柿原璃子、中野美咲、島坂明可梨、清水果穂、柄澤郁吹、𠩤田希衣、西田鈴、坪坂璃乃、植木結、中川真桜珠、堀内心結(速星2)雨森葵、高山奏子(城山1)五十嵐大翔(同2)山田瑠愛(同3)山口瑞稀(八尾2)間野紬希(富山大付属2)伊東祐晴、桐島真一(片山学園2)
▽射水市
森田あい(新湊南部1)髙信月詩、ゲラシモフ雫奈、大﨑陽叶(同2)米林沙恵、長徳文美、太田乃蒼(同3)
▽高岡市
坂井美月(志貴野3)三上煌生、布施葵衣、佐野莉恩、坂下茉優、増山翔大、谷内瑠千愛、河合咲英子、笠谷美友、荒木芭南、二口茉莉花、中西小春、筏井さくら、竹村優穂、南塚莉桜、加納凛、村田絢耶、朴木梨希、新鞍朋香(芳野2)水持友羽(牧野2)荒谷世吏、稲元夕映(国吉義務教育7)能渡羅夢、太田心葉(同9)
▽氷見市
谷畑芽衣、濵本理世、山﨑日菜乃、竹優奈(北部1)
▽南砺市
杉浦翔月、森潤南、岩村遥大(福光1)矢木美裕(同3)村田多砂奈、木戸尚、山越朋貴(吉江2)浅野桃子、高瀬愛姫(同3)
NIE学校賞

◇小学校
富山市八尾、高岡市太田、南条、南砺市井波

◇中学校
入善、入善西、黒部市清明、富山市東部、北部、岩瀬、呉羽、水橋、藤ノ木、速星、城山、八尾、射水市新湊南部、小杉南、高岡市南星、志貴野、芳野、国吉義務教育、氷見市北部、西條、砺波市庄川、南砺市福光、吉江

◇高校
大門、新湊、高岡南、氷見、高岡第一、富山高専射水

講評

県NIE推進協議会長・県小学校長会長  石田 和義氏
〝感じる心〟大切に

 みなさんが自分の〝感じる心〟を大切にして、伝えたいことを実際に取材して、分かりやすく新聞に表現したり、記事から感じた思いや願いを率直に発信したりする姿に感心しました。
 これからも〝感じる心〟を働かせて、社会に興味を持ち、その社会をつくり上げているさまざまな出来事などに関心を持ち続けてほしいと思います。「なぜ、どうして」と記事の背景を深く読み解くとともに、「どうしたらよいか」と、自分の意見や考えを持ってください。
 そして、みなさんが仲間や家族、地域の人との対話を通して、互いに協力し合い、進んで問題を解決し、すべての人が安心して、楽しく暮らすことができる社会をつくり上げていくことを期待しています。

県中学校長会長  水戸 英之氏
課題解決する力を

 多様性、共生、福祉、AI、国際情勢など時代の流れを反映した作品が多くありました。すべての作品に思いや考えが明確に表現され、それぞれのメッセージ性が強く感じられました。これからの時代を生きていくには、課題に気付く力、そして豊かな発想を生かしながら解決していく力が必要です。多くの作品において、それぞれの疑問に対して、調査、実験、検証などを通して、自分なりの視点で解明していくという構成になっており、まさに時代の中で求められている課題発見・解決能力がしっかり備わっていると感じました。
 未来を担うみなさんが日常の中で疑問や課題に真っすぐ向き合い、深く考えたり調べたりすることを通して、人として大きく成長していってくれることを期待しています。

県高校長協会長  田中 宏育氏
自分の考えを発信

 応募作品を見ていると、戦争、ジェンダーレス、ネット社会など今日的な課題を取り上げたものが多く、地元の出来事から国際社会情勢まで、皆さんが興味関心を持った記事に真剣に向き合っている様子が伝わってきました。さらに、単に意見をまとめるだけでなく、これから自分がどう行動していけばよいかということにまで触れていました。記事が皆さんの生活に大きな影響を与えていることが分かりました。
 新聞記事は情報を得るだけでなく、自身の経験を反すうしたり生き方を考えたりすることで、自身が変わるきっかけとなることもあると思います。今後も新聞を通していろいろな世界に接し、傍観するのではなく、自分に働きかけ、自分の考えを発信してくれることを期待しています。

コンクールの経過

【第21回わたしの新聞コンクールの経過】

 2024年度の「わたしの新聞コンクール」は、「かべ新聞」「家族de新聞スクラップ」「新聞感想文」の3部門で応募を受け付けました。
 テーマを決めて調べ、取材したことを新聞の形で発表する「かべ新聞」に217点、気になる記事を切り抜いて家族や友人と意見をまとめる「家族de新聞スクラップ」に2,340点、記事を読んだ感想や新聞について思うことをつづる「新聞感想文」に1,706点の計4,263点が寄せられました。
 コンクールは北日本新聞社と、北日本会(北日本新聞販売店会)が毎年実施しており、2024年度が21回目です。
 審査は、石田和義県NIE推進協議会長・県小学校長会長、水戸英之県中学校長会長、田中宏育県高校長協会長、NIEアドバイザーを務める県東部教育事務所の中川伊通子指導主事、小櫻昌子指導主事らが担当しました。3部門合わせて金賞16点、銀賞16点、銅賞201点、入選425点を選出。NIE学校賞には33校が輝きました。 このホームページでは、かべ新聞、家族de新聞スクラップ、新聞感想文それぞれの金賞、銀賞作品のほか、銅賞、入選、NIE学校賞の名簿を掲載しています。





主催/ 北日本新聞社、北日本会(北日本新聞販売店会)
後援/ 富山県教育委員会、富山県市長会、富山県町村会、富山県各市町村教育委員会、富山県高等学校長協会、富山県中学校長会、富山県小学校長会、富山県私立中学高等学校協会、富山県PTA連合会、富山県高等学校PTA連合会、富山県児童クラブ連合会、富山県ケーブルテレビ協議会
お問い合わせ 北日本新聞社読者センター TEL.076-445-3351 (平日9〜17時)