袖山樂久(桜井2)
▽上市町
細川柊花(上市中央3)松島太成(同4)
▽立山町
泉野與希(高野4)
▽富山市
山口まどか(八尾5)志甫彩乃(芝園5)
▽射水市
北村木音(片山学園5)
▽砺波市
水戸椋太郎(砺波北部4)川邉彩乃(砺波南部4)
▽南砺市
宮塚心都(城端4)
篠﨑愛菜(西部2)
▽富山市
恒田芽生(岩瀬1)井村優希菜、川﨑彩愛、土師みちる、村上景俊、新川光一郎、松山大祐、野上萌衣、明井杏果、北野思惟、安念夢珠(速星1)山崎結音(片山学園1)
▽高岡市
山桜香(伏木3)
矢野陸翔(上市中央5)
▽富山市
水野樹希(豊田4)
▽高岡市
加藤来望(能町3)小幡実来(高陵4)金谷知樹(同5)天野佳恵(南条1)
▽小矢部市
出口楓華(津沢2)
▽南砺市
高田歩、中村光、柿原莉子、重倉愛美(井波4)
松浦由芽(岩瀬1)上谷凛子(水橋1)梅基凑、松江若夏葉、小塚未夢、舟木庵、中山愛華、御旅屋颯希、瀬川優翔、三ツ塚陽菜、石川詩織、向井心優、津田夕愛、ガロウェイ世楽、中野七海、杉本怜、片岡勇人、藤井陽菜、宮本美桜(速星1)竹森麟汰郎、渡邊翔太(山田3、共同制作)
富山市立岩瀬中学校1年
吉田 彩乃(よしだ あやの)さん
伝統の灯を唄い継ぐ
私は民謡を唄うことが好きだ。なぜなら、民謡には、心の奥にある感情や地域の人々が大切にしてきた思いが込められていて、唄うことでそれを感じられる気がするからだ。
ある日、そんな私の目に、「麦屋節伝来百年」という文字が飛び込んできた。富山県南砺市城端地域の伝統的な民謡である「麦屋節」の伝来から百年が経ったことが取り上げられており、地域の伝統芸能の役割を見つめ直し、未来へ継承していくことの大切さを考えさせられる記事だった。
私は毎年、家族で城端むぎや祭を訪れている。街中には、力強い三味線の音や伸びやかな唄声が響き、情緒あふれる雰囲気が漂っていて、まるでタイムスリップをしたかのよう。そして、地域の人々の生き生きとした表情や伝統を受け継ぐという決意が感じられ、とてもわくわくする。
民謡を習い始めた当初、唄の節回しや言葉の意味を理解するのに苦労した。しかし、唄の背景や、地域に根付いた物語に触れるうちに、ただ音をなぞるだけではなく、唄の中に込められた人々の思いや土地の記憶を感じ取ることを意識するようになった。麦屋節もその一つで、唄うたびに城端地域の風景や、かつてこの地で生きた人々の姿が浮かび上がるような気がしている。
この記事を読んで、民謡などの伝統芸能は過去の遺産ではなく、今を生きる私たちが未来へと手渡していく〝生きた文化〟なのだと改めて気付かされた。城端むぎや祭で感じた、地域の人々の誇りや情熱は、まさにその証しだ。民謡を唄うことは、過去を懐かしむだけでなく、今の私たちが文化の担い手として、次の世代へとつないでいく責任を持つことだと思う。
富山県の民謡は本当に豊かで、力強くも哀愁漂う麦屋節をはじめ、優雅な舞とささらの音色が魅力のこきりこ節、哀調ある旋律の越中おわら節など、さまざまな民謡がある。それぞれの唄には、地域の暮らしや人々の思いが込められていて、富山の美しい風景が唄から感じ取れる。どれも本当に魅力的だ。
今、民謡を知っている人や唄っている人の数が減少傾向にある。このまま減少が続けば、民謡の継承が途切れてしまうかもしれない。だからこそ、私たち一人ひとりが伝統を守り、未来へとつないでいく継承者としての意識を持つことが大切だと思う。
これからも、民謡を愛する一人として、楽しく唄い続けていきたい。伝統の灯を絶やさないために。
氷見市立西條中学校1年
海津 優萌(かいづ ゆめ)さん
私たちが継ぐ平和のバトン
一九四五年八月二日|その日、富山の街は赤く染まった。落とされた爆弾の数は五十万発以上。亡くなった方はおよそ二千七百人。そんな甚大な被害をもたらした富山大空襲。七月二十九日の北日本新聞のこの記事を見て、戦争のことをもっと知りたいと思った。そこで私は、富山県民会館で行われていた「戦時下の暮らし展」に行ってみた。
そこには、被災者の絵、遺品、特攻隊の方の遺書などがあり、被災者が当時を回想している動画が上映されていた。焼けて黒くなってしまった物たちが、私たちに戦争の真実を教えてくれているような気がした。目を背けてしまいたくなるほど、生々しくて、恐ろしかった。本当に八十年前、この富山の地で起こったことなのだと実感した。
展示品の中には、戦時下の写真もあった。写真を見ていくうちに、ある一枚の写真に目が釘付けになった。それは、一人の青年の出征時の写真だった。説明書きを見ると「十六歳 戦死」という文字がある。私たち中学生とあまり年齢差のない人が戦争に行っていたのだ。私なら怖い。死ぬかもしれないところに自分から行くことなんてできない。けれど、その青年は今の時代にでもいる普通の学生だったはずだ。明日食べるものを心配することもなく、友達と笑いあい、夢を語りあう。そんな普通の生活を戦争は奪ったのだ。大人になって新しい日本を創っていくはずだったのに。私は虚しくてやるせない気持ちになった。
今でも語り部活動や戦時品の展示などが行われている。なぜそんなことをするのだろうか。被災者だって、ひどい過去を思い出したくないはずだ。けれど、この戦争をただの悲劇にしないために、絵にして言葉にして、この戦争を伝えてきてくださった。その平和のバトンはもう、私たちの手の中にある。この先、日本がどんな未来を迎えるのかは、私たち次第だ。戦争を起こしてしまった過去はもう変えられない。けれど、私たち一人一人が戦争と向き合うことで世界は変わってゆくはずだ。笑い声が溢れる世界を創るために、もう誰も戦争による被害者を出さないために、私にだってできることがあるはずだ。そんな使命感を持って、戦争のことを知り、伝えていきたい。
現在でもテロや地域紛争などが起こっている。今の世界は平和とは言えないかもしれない。けれど、戦争という悲劇から学べることだってあるはずだ。次へ、次へ、その次へ。平和のバトンは、まだまだめぐっていく。
毎年、北日本新聞納涼花火が行われている。これは、富山大空襲で亡くなった人たちを弔い、平和、復興などを願って、空襲から二年後に始まった花火だ。今年も、音が鳴る。B29じゃない、花火の音が。その音が、永遠に続いていきますように。
高岡市立伏木中学校3年
城川 千瑛(しろかわ ちあき)さん
「高校生弓道全国大会」の記事を読んで
私は、弓道部に所属している。静かな弓道場で弓を引いている先輩たちの姿にあこがれたからだ。また、的に当たったときの音がかっこよくて、私もこういうふうになりたいと思った。一年生の時は、なかなかうまくいかず、同じ時期に始めた仲間たちにも遅れをとってしまい焦っていたが、練習を重ね、昨年の全国大会には、先輩たちと団体戦、そして個人戦にも出場することができた。しかし良い結果とはならず、苦い思い出となった。
そして先日、今年も全国大会の団体戦に出場することが決まった。
中学校最後の全国大会、一緒に努力してきた三年生の仲間たちとやっと全員で夢の舞台に立てるという嬉しさと、楽しみだという気持ちがある反面、昨年の結果から少し不安な気持ちもある。そんな時にこの記事に出合った。ちょうど今の私にぴったりな記事だと思った。それは、富山第一高校に進学して弓道を始め、全国大会個人戦で優勝した水口選手の記事だった。この記事から私は、たくさんの学びを得た。
この記事を読んだ時は、自分と同じ富山県の選手が優勝したということに驚き、なぜか自分のことのように嬉しさがこみ上げた。この記事によると、水口選手は弓を引くとき、「完璧は求めず一本一本丁寧に引くこと」を考えていたそうだ。また決勝戦では「相手選手の動向を気にせず、自分の的しか見ていなかった」とある。
昨年の全国大会個人戦の時の私は、他の都道府県からの代表選手たちがどんどん的に当てていく中、私も富山県の代表選手として、なんとしてでも的に当てなければならない、という緊張とプレッシャーと焦りに押しつぶされそうになっていた。弓道は、たった一本の当たりはずれで大きく結果が変わる。的の当たりはずれだけを考えて、丁寧に落ち着いて引くことを考える心の余裕はなかった。「弓道は、自分自身との戦い」と先生がよくおっしゃっていた。自分の心を落ち着かせ集中しないと、良い結果にはならない。本当にそうなのだと強く感じ、これからも丁寧に落ち着いて弓を引かなければならないと思った。
この記事に出合ってから、私は日頃の練習で丁寧に弓を引くことを心がけている。しかし大会では、もちろん的の当たりはずれも大切になってくる。そのため、部活動の練習だけでなく、自主的に他の弓道場へ行って練習もしている。本番では、昨年のように緊張、プレッシャー、焦りに押しつぶされそうになると思うが、日頃の練習の成果を信じて大会に臨みたい。そして、水口選手のように丁寧に引き、良い結果となることを信じている。
氷見市立南部中学校3年
高澤 明日海(たかざわ あすみ)さん
自分で考えることの難しさ
夏になると高校野球についての報道が新聞やテレビで連日あります。日焼けした高校生が勝って喜び合う姿、負けて悔し涙で下を向く姿を毎年見かけます。私は野球についてはよくわかりませんが、高校生の夏の大会は気になります。新聞で県内の高校野球で取り入れられている「ノーサイン野球」についての記事が目にとまりました。選手自ら動き判断する野球はどういうことか気になりました。
桜井高校と高岡高校の野球部では、ノーサイン野球が取り入れられているそうです。高校野球では打者と走者が監督の指示を受けて作戦を実行するのが一般的です。桜井高校では野球の駆け引きを楽しむことが目的で、試合だけでなく練習内容も選手で決めているそうです。選手も「サインが出たら『やらないといけない』と硬くなるけど、自分で決めたことなら自信を持ってできる」と話されています。高岡高校も夏の大会ではサインを出すことにしましたが、全員が考えて野球をするようになり、監督の意図を理解し、納得感を持ってプレーしているそうです。野球部の高校生は自分たちで考えて練習することで、やる気も出て野球が面白く感じられたと思います。
私は剣道部に所属していました。勝っても負けても心は普通でした。ずっと試合では負けることが多く当たり前のようになっていました。しかし、中学校三年生の最後の大会で一回戦で負けてしまいました。この時やっと負けることの悔しさ、苦しさに立てないほどの衝撃を受けました。
少し野球部の高校生の気持ちがわかりました。その時はどうしても心と体のコントロールができませんでした。自分で考えず先生の言葉を簡単に解釈していました。ただ早く勝ちたいという気持ちになっていました。試合場は一人きりで立つので、自分で考えて試合しなければ勝てません。日頃から考えて稽古していないと瞬間的に技を出せません。すぐに技が決まらなくても焦らず次を考える心の強さを持たなくてはいけません。自分を信じて不安な心に打ち勝つ自分を作らなければいけませんでした。
心が不安定な時には自分で考える力がなくなります。どうしたら安定した心で考えることができるのかを考えました。そんな時こそ仲間の力をかりたいです。いつも一緒に稽古している仲間に相談して自分の心を整理したらよかったです。思い返すと仲間に助言してもらった時は上手く試合ができていました。
学校生活の中でも私たちが自分で考えることを求められる時があります。自分で考えたことは責任をもてます。だから自分で考えることは必要です。スポーツや学校生活では一人で出来ることは少ないです。自分だけで考えて実行することは難しいです。この先考えなければいけない時には、仲間たちとお互いの考えを話し合って実行していきたいです。
高岡商業高等学校2年
松本 みさき(まつもと みさき)さん
県庁と歩んだ八十年
私は、八月一日に、富山市で行われた北日本新聞納涼花火を見に行きました。とても色鮮やかな花火が空いっぱいに広がり、とても感動しました。次の日の新聞を見ていると、毎年行われているこの花火の意味が書かれていました。それは、一九四五年八月二日にあった富山大空襲の犠牲者への鎮魂の思いと、平和への願いでした。
富山大空襲についてもっと知りたいと思っていると、空襲を受けた県庁の記事が載っていました。県庁の本館は当時、議場屋根に焼夷弾が直撃しましたが、現在も県政の拠点としての役割を果たしています。私は、県庁が今、どういった形で残っているのかが気になり、実際に見に行きました。空襲から八十年経っているということもあり、今は補修され、とても立派な建物でした。これが「市民の心の支え」という県教育委員会の松井さんの言葉の意味がよく分かりました。
さらに深く調べてみると、この空襲は、約二時間で五十万発を超える焼夷弾が投下され、富山市街地の多くが火の海になったそうです。この時、県庁はちょうど中心ほどに位置していました。きっと辺りは何もなくなり、市民は何をすべきかが分からないほどだったと思います。そんな中、庁舎には空襲後、応急救護所が設けられ、復興の歩みが始まったとあります。何があっても常に前を向き続ける、当時の職員の方々の努力がとても伝わってきました。
私は今年の夏、宮城県の石巻市にある震災遺構大川小学校に行きました。そこは、二〇一一年の三月十一日に起こった東日本大震災で津波に襲われました。そこには、あたり前で何気ない人々の暮らしがありました。大川震災伝承館に展示されていた、震災後の「何もなくなった」写真を見て、私は空襲と同じだと強く感じました。しかし、大きく違うところが一つあると私は思います。それは、無くすことができるかできないかという点です。災害は自然災害であるため、被害を防ぐことしかできません。その一方で、戦争の一環である空襲は人々の考え方次第で、無くすことができるものです。県庁のような、現代にも残る物を見たり、実際に戦争を体験した人の声を聞いたりし、歴史から学ぶことで、戦争に対する知識を深め、どうあるべきかを世界中の人々が考えるべきだと思いました。
富山高等専門学校射水キャンパス3年
金子 育千(かねこ いち)さん
めくるニュース、流れるニュース
去年の夏、私は大きな間違いを犯した。SNSで流れてきた「地元の祭りが中止になった」というニュースを鵜呑みにして、友達に拡散してしまったのだ。翌日、地域の掲示板を見た母が「何言ってるの、普通に開催されるわよ」と教えてくれた。その瞬間、顔から血の気が引いた。私が信じたのは、誰かが勝手に作った偽情報だった。
指一本で情報が手に入る時代。私たちは、かつてないほど大量のニュースに囲まれている。朝起きてから寝るまで、スマホの画面には絶え間なく情報が流れ込んでくる。でも、あの日以来、私は気づいてしまった。流れてくるものを、私はただ受け止めているだけなのではないか。
試しに一週間、スマホでニュースを見るのをやめてみた。最初は不安だった。世の中から取り残される気がした。でも三日目あたりから、妙な落ち着きを感じた。頭の中がクリアになっていく感覚。そして気づいたのは、私が「情報を得ている」と思っていた時間の大半は、実は何も考えていなかったということだ。
指でめくるニュースは、速い。あまりに速すぎて、立ち止まることを許さない。「次」「次」「次」と、見出しだけが脳内を通過していく。一つの記事をじっくり読むことさえ、時間の無駄に思えてくる。もっと効率的に、もっと大量に。そうやって私は、情報を「消費」していた。食べ物を味わわずに飲み込むように。
対照的に、図書館で古い新聞を読んでいた時のことだ。三十年前の地方紙。紙は黄ばみ、インクの匂いがかすかに残っていた。そこには、今では誰も覚えていないような小さな事件や、地域の人々の声が丁寧に記録されていた。読むのに時間がかかった。でも、その時間が心地よかった。情報が「流れて」いないからだ。そこに留まって、私が向き合うのを待っていた。
画面で流れるニュースの問題は、速さだけではない。アルゴリズムという名の見えない手が、私の見る世界を勝手に決めているということだ。アルゴリズムが選んだ記事ばかり見ていると、気づけば同じ意見ばかりの小さな部屋に閉じ込められる。指でめくる行為には選択の自由があるようで、実はアプリが用意した選択肢から選んでいるだけだ。一方、紙の新聞には予期せぬ出合いがある。興味のない記事も目に入り、退屈な見出しの下に思いがけない発見がある。
私は今、毎朝十五分だけ紙の新聞を読んでいる。普段なら選ばない記事に出合い、知らなかった世界を知る。デジタルの速報性も大切だが、流れてくる情報に身を任せるのではなく、自分の足で情報を取りに行く姿勢が必要だ。指を止めて、ページをめくる時間。情報に流されず、情報と向き合うために。
高岡市立下関小学校2年
伊橋 蓮和(いはし れんと)さん
ぼくのねがいごと
ぼくのすんでいる高おかしでは、七月に戸出、八月に高おかえきしゅうへんで七夕まつりがあります。七夕まつりは、やたいがたくさん出るし、イベントもあるので、ぼくはまい年かぞくと見に行っています。
この八月にあった七夕まつりにはぼくの書いたたんざくもかざられています。今年ぼくは「ばくてんが一人でできるようになりますように」とたんざくに書きました。なぜかというと、今年の七夕まつりのイベントにぼくがならっているアクロバットチームが出えんしたからです。ぼくのならっているアクロバットチームは、アクロバットのほかにパルクールやトリッキングといったわざもおしえてくれます。ぼくは、まだ一人でできるわざがすくないので今回のイベントでは、四かくいはこをつかってパルクールをひろうしました。
七月の戸出の七夕まつりがはじめてのイベント出えんで今回が二回目の出えんでした。いっぱいのおきゃくさんが見にきていたのですこしきんちょうしたけど、たくさんはく手をもらってうれしかったです。このイベントをとおしてぼくは、
「らい年にはもっとできるわざをふやしてかっこいいすがたをおきゃくさんに見てもらうぞ」
と思いました。じぶんが書いたたんざくがかざられているばしょでイベントに出ることができたので、ねがいがかなって、らい年のイベントでは一人でばくてんができるようになっていたらうれしいです。そのためには、ならいごとでも家でもできることをまい日れんしゅうして、一日でもはやくじしんをもって一人でばくてんできるようになりたいです。
富山大学教育学部附属中学校1年
奥 望帆子(おく みほこ)さん
複合災害に備えて
富山は自然が豊かで、山や海に囲まれた静かな場所です。普段の生活では、災害のことをあまり意識することはありませんでした。でも、2024年に起きた能登半島地震を経験してから、災害はいつどこで起こるか分からないということを強く感じるようになりました。
その日、私は家族と一緒にお正月を過ごしていました。突然、大きな揺れがきて、食器が落ちたり、棚が倒れそうになったりして、とても怖かったです。テレビでは、石川県の被害の様子が映し出されていて、家が壊れたり、道路が寸断されていたりしているのを見て、胸が痛くなりました。富山でも一部の地域で停電や断水が起きて、いつもの生活ができなくなった人もいました。
地震だけでなく、最近では台風や大雨、さらにはコロナのような感染症など、いろんな災害が同時に起こる「複合災害」が問題になっています。たとえば、地震の後に大雨が降ったら、土砂崩れが起こるかもしれません。避難所にたくさんの人が集まれば、感染症が広がる心配もあります。だからこそ、災害への「備え」がとても大事だと思います。
学校でも防災訓練がありますが、実際に災害が起きたときにどう動けばよいのか、まだ不安があります。家では、家族と避難場所や連絡方法について話し合うようになりました。非常食や水を準備したり、懐中電灯の電池を確認したりすることもしています。でも、備えるだけじゃなくて、「柔軟に対応する力」も必要だと思います。
災害のときには、予定通りにいかないことがたくさんあります。避難所がいっぱいだったり、情報がうまく伝わらなかったり、助けがすぐに来なかったりするかもしれません。そんなときに、自分で考えて行動したり、周りの人と協力したりすることが大切です。先生や家族だけでなく、友だちとも助け合えるような関係をつくっておくことが、災害のときに役立つと思います。
また、災害への対応には、いろんな人の立場に立つことが必要だと思います。お年寄りや小さな子ども、体が不自由な人、外国から来た人など、みんなが安心して避難できるようにするには、周りの人への思いやりが大切です。困っている人に声をかけ、手伝ったりすることが、みんなの命を守ることにつながると思います。
私は、能登半島地震を経験して、災害は遠い世界の話ではなく、自分のすぐそばにあることを知りました。そして、備えることの大切さ、柔軟に対応する力、そして人を思いやる気持ちが、災害に立ち向かうために必要だと感じました。これからも、家族や学校の人たちと一緒に、災害に備えていきたいです。
高岡市立牧野中学校3年
槇谷 一晟(まきたに いっせい)さん
ネットに依存しない自分であるために
三時間四十一分。「ネット依存の子ども増」という記事を目にし、ふと自分のスマートフォンの利用時間を確認した。普段何気なく手に取ってしまい、気づけば毎日三時間以上利用している。母との喧嘩の原因も、ほとんどがスマートフォンの利用時間だ。この記事は、まるで自分のことを言われているようだった。
記事によると、二十五歳までは脳が発達する時期で、感情や欲望を制御する前頭葉が発達段階である子どもは、自分で制御しきれず、正常な発達に影響を及ぼす可能性があるという。スマートフォンが身体に与える影響は目だけだと思っていた僕にとって衝撃的な内容だった。ネット依存の子どもの数は七年前の約四倍に増え、青少年の一日の平均利用時間は約五時間。自分は依存症とまではいかないだろうと甘く見ていたが、それに近い状態であることを突きつけられた。
さらに驚いたのは、アイフォーンの生みの親であるスティーブ・ジョブズや、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツといったメディア業界のトップでさえ、自分の子どもには利用時間を制限していたという事実だ。その危険性を肌で感じていたからだろう。そこで僕は、試しに「ノースマホデー」に挑戦してみた。はじめは友人からの連絡がないか気になったり、つい手にしたくなったりと落ちつかず、勉強にも集中できなかった。しかし、次第に諦めがついていった。だが翌日、前日使えなかった反動で利用時間はさらに増加。いかに深く依存しているかを痛感した。
僕は今、中学で生徒会長を務めている。周囲にはSNSの利用時間に制限をかけている人もいるが、僕以上に利用時間が長い人も少なくない。そこで、生徒自らが考える利用のルール「牧中SNS法度」を作ることを提案した。しかし、「そんなものなくていい!」という批判的な声も聞かれ、無制限に利用している人が多いことも分かった。何とかみんなが自身の現状を知り、一緒に努力しようという雰囲気をつくっていきたいと、ルールの内容を考えている。記事によれば、専門家が推奨しているのは、利用時間が一日二時間以内、週に二回は「ノーメディアデー」を作ることだ。こうした具体的な案を取り入れるなど、よりよいルールづくりに向け、しっかりと問題に向き合い、考えていきたい。
スマートフォンの利用には、依存症や脳へのダメージなど、計り知れないデメリットがある一方で、離れていても連絡が取れる、瞬時に情報が得られるといった大きなメリットもある。だからこそ、利用する際は時間を意識し、賢く付き合うべきだ。季節の美しい景色も、友人の笑顔も、直接目にする方が心に響く。十年先、二十年先の未来を見据え、自らで利用を制御し、スマートフォン以外と過ごす時間の豊かさを見つめ直していきたい。
富山高等専門学校射水キャンパス2年
梅澤 環名(うめざわ かんな)さん
受け継いでいこう「松村の精神」
松村謙三。聞き覚えのある名前に、新聞をめくる手が止まった。中国語の授業で、先生が彼のことを教えてくれたのだ。新聞でも、先生の話でも、松村謙三は旧福光町出身で日中関係改善に尽力した人物だと伝えられている。
「中国語を学ぶあなたたちは、彼のことを知っておくべきでしょう」
ふと、先生の言葉を思い出した。私は、さらに松村謙三について知りたいと思い、新聞に載っていた漫画本などを読み、彼について調べてみた。
昔福光は、中国の文化人や画家を招いており、そんな環境で育った謙三は、幼いころから中国の文化に慣れ親しんでいた。大人になっても中国への関心はなくならず、しだいに中国との国交回復を実現したいと思うようになった。そのころの日本はアメリカとの結びつきを強め、台湾との関係を大切にしていたのだ。そのことを快く思っていなかった中国の人々になかなか信じてもらえずにいた中、謙三は諦めず何度も中国の指導者たちと話し合いを重ねた。周恩来首相との五度の会談を経て、二人は強い信頼関係を築いた。それは、周恩来の原籍地紹興市と、謙三の生誕地旧福光町(南砺市)とが友好都市になるなど、現在まで続いている。
そんな松村謙三から、私たちが学ぶことはあるだろうか。私は二つあると思う。
一つ目は、彼の「誰も取り残さない」という精神だ。謙三は、アジアの平和と発展のため尽力していた。決して日本のためだけではない。謙三は「日本」という小さな枠組みで捉えるのではなく、日本を「アジア」の一部だとし、共に繁栄していくことを目標としていた。非自己中心的で、全く異なる文化を持つ国々を尊重する姿勢は、現代でも必要といえる。
二つ目は、彼の熱心さだ。一九六四年四月の三度目の訪問で、謙三は周首相と食事もとらず、七時間に及ぶ会談を行った。その熱意のおかげで、周首相をはじめとした、中国の権力者たちの心を動かすことができたのだ。
現在、世界は不安定な状態が続いている。各地で起こる戦争や、対立しあう国々。戦後八十年になった今でも多くの人が苦しんでいる。しかし、もし「松村精神」を持つ人が増えたら。そうすれば、自国だけが良いのではなく互いに繁栄し、尊重しあえる世の中になるのではないだろうか。私が中国語や英語を学んでいるのは、言語が異なる民族間の架け橋となるためでもある。松村謙三という偉大な先輩の背中を追いかけながら、私はなりたい自分に向かって、これからも努力していきたい。
富山高等専門学校射水キャンパス3年
本田 廉太郎(ほんだ れんたろう)さん
海の主要道が揺らぐ時
二〇二五年六月二十一日、アメリカ軍がイランの核関連施設を攻撃したという号外が街頭を賑わせた。その紙面を目にした瞬間、私が襲われたのは、冷たい恐怖だった。戦禍に対する恐怖ではなく、日本の経済の生命線である海の主要道が揺らぐかもしれないという、将来への冷たい現実の恐怖だった。
私は商船学科に所属し、船舶運航について学んでいる。私にとってホルムズ海峡の名は単なる地理の一点ではない。日本の産業の心臓部であり、必要な原油の多くがここを通り運ばれ、日本のエネルギー供給の約八割を支えている。今回の軍事行動は、中東の緊張を一気に高めイランによる報復的な海上封鎖の可能性を現実のものにする。もしここが封鎖されれば、船舶は喜望峰を回る長距離航海を取らざるを得ず、輸送コストは跳ね上がる。エネルギー価格が高騰し、国内経済に計り知れない打撃を与える。
また、日本は加工貿易で成り立っている国だ。原油価格の高騰は製造業や輸送業といった基幹産業を直撃し、海外市場での日本製品の競争力を奪うだろう。確かに日本には約二百日分の石油備畜はあるが、緊張が極限まで高まる中、戦略備畜の放出判断は容易ではない。この有事は、私達の暮らしを目に見える形で確実に圧迫していくと予想できる。
号外の見出しで躍るトランプ氏「大成功」という言葉を見て、私は静かな痛みを覚えた。国の長として兵士の士気を高める重要性は理解できる。しかし、命が奪われ、緊張が高まる現実を前に、それを「成功」と煽ることに深い危機感を覚える。挑発的な言葉が常に新たな火種を生み、事態を悪化させてきたことは歴史が証明しているからだ。
唯一の被爆国として、「核施設攻撃」という言葉を簡単に見過ごすことはできない。世界は依然として紛争に満ち、難民が増え続ける現実を前に、空虚な「世界平和」を願うよりも、今ここにある日本の平穏を具体的な行動で守る方が重要に感じる。
大国が争いに加わる今の世界は、大人の介入でも本質的な火種の消えることのない兄弟喧嘩と同様に複雑である。「戦争をやめろ」と叫んで終わるほど単純な問題ではない。だからこそ、商業船舶という平和な物流を学ぶ者として、たとえ戦火が及んでも人々の生活を支える物流の道を守りぬくこと。それこそが日本の平穏な生活維持のための具体的に自分に課される義務だと信じている。
富山高等専門学校射水キャンパス3年
大村 心朗(おおむら こころ)さん
揺れる政治、私たちの立ち位置
十月二十一日の北日本新聞に載った「自民・維新 連立合意」という記事を読んでみることにした。読み終えたとき、「政治が大きく動き出したな」と感じた。最近の政治はいつもどこか落ち着きがない。まるで風の中揺れる木のように、支え合いながらも、ぶつかり合い、バランスを探しているようだ。
記事は、自民党と日本維新の会が新しい連立の形を探っているという内容だった。長く続いた自民・公明の関係が冷え込み、代わりに維新が浮上してきているという。この一連の動きを見て、私は「政治も人間関係のように流動的なんだな」と感じた。合うこともあれば、もちろん離れていくこともある。どちらが悪いというよりも、時代や立場の違いが関係を変えていくのであろう。
ただ、政治の相性が変わるたび、国の方向も揺れ動いてしまうのは少し怖い。政党の組み合わせが変わろうが、国民の暮らしは絶えず続く。日々を送る私たちにとって、政治の不安定さは、どこか足元がぐらつくような感じがする。しかし、その揺らぎの中でこそ、本当に必要なものが見えてくるのかもしれない。
維新は今、「要求が通らなければすぐ離れられるように、閣僚を出さない」という閣外協力の姿勢を取ることが紹介されていた。私はその態度に思わずうなずいた。たとえ連立を組んでも、完全に相手の中に入ってしまわず、少し距離を置いて見つめる。その慎重さは、現実的であり、同時に冷静でもある。人同士の関係も、似たようなことがある。最初から深く結びつくのではなく、相手を見ながら信頼を積み重ねていく。そんな姿勢を私は評価したい。
一方で、あまりに距離を取りすぎると、本当の協力は生まれない。政治も人間も、関係を築くにはある程度の覚悟がいる。風を読むだけでなく、自分たちの信念を軸に立たなければ、誰からも信用されない。私は、どのように時代が移り変わろうとも、政治家には、「自分は何を守りたいか」をはっきり語ってほしいと思う。
しばらくは政治の不安定が続いていくだろう。それでも、揺れること自体が悪いことではない。木が風を受けてしなやかに立ち続けるように、政治も揺れながら形を探していくのだと思う。私たち国民もまた、吹き荒れる風の中にいる一本の枝だ。だからこそ、ただ見ているだけでなく、「どうすれば倒れないか」を考える責任がある。新聞から私はその「風の向き」を感じ取ろうとしている。政治がどれだけ揺れようと、自分の考えや信念だけはまっすぐ立たせておきたい、と思った。
長田來杏音(桜谷1)
▽高岡市
大井映奈(戸出東部4)
岸岡愛歩(清明2)
▽立山町
佐伯東和子(雄山3)
▽富山市
青島成広(水橋1)石本陽依里(八尾2)橋浦佑奈(片山学園3)
▽射水市
出本華乙、荒開千依、岸本優成(小杉南2)野手良太(同3)
▽高岡市
若野祥子(高陵1)和田すず音(同2)圓佛彩音(南星2)古市晴也、谷内紫苑(志貴野1)宮野夏己、高野敬(同2)布目健剛(牧野1)眞野梨帆(同3)
▽氷見市
針木和博(南部1)細川朋華、十二町悠紀(同3)垣内茉緒(西條1)蓮間琥海、石原悠希、横田悠真(同3)
▽砺波市
南部結衣(庄川2)山森貴矢(同3)
▽南砺市
山田晋平(南砺つばき学舎8)
奥村美咲(中央5)
▽富山市
林美典(堀川南4)
▽高岡市
圓佛みなみ(木津4)平野芽(下関6)
▽小矢部市
沼田敦斗(大谷5)
森くるみ、廣多志茉、笹島浩聖、細田菜華、中坪芽依、荒尾凌生、小路菜々海、宝田皇誠(入善西2)
▽立山町
藤田真颯、中鍜治陽香(雄山1)
▽富山市
吉野凜(奥田3)
▽射水市
竹嶋理人(新湊南部1)真野心実(小杉3)小松侑愛(小杉南1)秋元孝太、水野潤(同2)
▽高岡市
塩崎礼佳(高陵2)山本ひなの、村上悠、宮嶋佐和(同3)東海幸来(志貴野1)田中心葉、甲栞和(同3)村上佑樹(伏木1)堀瑚愛(同2)清藤結衣(戸出2)宮袋晃成(牧野1)間坂健太朗、新開楓(同2)小倉優衣、土田悠斗、野村拓史(同3)宮越瑚夏、高橋一花(福岡1)
▽氷見市
道前宏哉、中悠真(十三1)廣野さくら(同2)姿明里、日野江里菜(同3)前有咲、吉田苺生、飴󠄀田真央(西條1)大口萌音、間嶋春斗、能登谷優月、北谷玲依来、越前実桜、多嶋航平、瀬戸健太、多嶋蒼平(同2)筏井心優、北川心海、菅田杏咲、稲垣卓、河内海里、新井稟乃(同3)
▽砺波市
高田稟士、大伴星奈(庄川1)齋藤さくら、石黒早希(同2)
▽南砺市
森井大暉(城端3)奥野愛瑞美(吉江2)
髙嶋奏佑(桜井3)古田美織(同5)吉澤理雄(若栗2)
▽魚津市
窪田晴(よつば3)
▽滑川市
小林賛獅郎(西部2)
▽上市町
矢野颯人(上市中央1)
▽立山町
前田倖汰、村上緒(立山中央5)谷本楓(高野4)板倉凪(利田6)
▽富山市
砂子田優吾(豊田1)荒幡こゆき(堀川3)髙盛南菜(堀川南4)小宮泰斗(八尾6)西田優月(呉羽3)志甫諒人(芝園1)竹内陸(同2)𫝆津芙夏(奥田4)山村勇斗(富山大付属4)宮田藍(同5)
▽射水市
土合咲綺(大門3)北村木音(片山学園5)
▽高岡市
砂浦凪咲(福岡5)小島こ羽音(博労4)小森結月(高岡西部5)鍛冶咲彩子(同6)寺林怜花(木津3)水上碧(能町2)松原浅陽(高陵2)黒田こと子(下関4)福島咲耶、西島うらら(南条6)
▽氷見市
小坪進之助(比美乃江2)
▽南砺市
本多さくら(福野4)
五十里日向、小山陽葵、中田千晴(入善2)柳田ちなみ、塚田美紀、藤井さくら(入善西1)瀧本麦(同3)
▽黒部市
菊地結衣(清明1)髙慶笑里、石田紗里奈、船田優早、森永千尋、髙田七海、竹之内菖、佐藤鳴、新村真凛、長井悠花(同3)
▽富山市
西村太智、西元千尋(芝園1)中村苺穂、奥田つばさ、深野莉世(同2)山本和香(堀川1)盛田悠花(東部2)寺田実生、島美結、新村菜乃果(岩瀬1)押上奈美花、仲田葵泉(同2)川腰花佳、本田心月、桶谷百花、中林明日香(呉羽1)大谷遥香、善光寺史織、小林想來、横川聖、水上颯太朗、関萌々果、細矢優花、稲澤美梨愛(同2)木下愛賀、中村柚菜(同3)宮野隼太朗(水橋2)船平和奏(同3)井戸田こと、木下優月(藤ノ木1)齋藤依央(同2)佐々龍之介、中山愛華、川﨑彩愛、北山真子、花島莉琳、石川詩織、向川眞永、片田凜、北野思惟、林南菜子、杉本怜(速星1)御幸六美、奥野美玖(城山1)小塚眞菜美、横井柑奈(同2)牧野璃々花、納村藍未(八尾1)
▽射水市
小杉望実(新湊南部1)源通愛実、田畑美桜(同2)渡辺花蓮、ゲラシモフ雫奈、澤本栞奈、髙木琉那、大﨑陽叶(同3)
▽高岡市
片山梨瑚(高岡西部1)黒田栞乃子(芳野1)
▽南砺市
中谷依玖、中嶋花(吉江1)山越朋貴、片岸咲奈(同3)
安田瑚唯(桃李1)
▽魚津市
濱田悠瑠(清流2)
▽上市町
矢野陸翔(上市中央5)
▽立山町
藤城奈桜(立山中央6)間野允稀(立山6)
▽富山市
仲田尚央(豊田6)河﨑奏太(堀川1)林美典(堀川南4)柞山碧那(山室1)盛田朱莉(同5)島崎珠寿(山室中部1)北川紗妃、東桃杏、鹿間奏斗、木渡遥人(月岡6)今岡心結(大沢野6)上村環太朗(神保4)本山結乃、松田愛子、戸口裕雅、髙野結羽、大山結己、玉生奏瑠、中根心望美、佐藤翔大(八尾6)濵野楓(芝園3)川内望緒(富山大付属1)春田莞志(同3)吉村玲音(同5)
▽射水市
岡部明翔(歌の森4)柴田結衣、柴田彩衣(中太閤山6)
▽高岡市
有澤優芽(福岡6)二上詩帆(高岡西部6)藤本麻菜(木津3)伊東瑞稀(高陵4)山香葉(伏木4)山香涼(同6)中原佳恋(牧野5)釣乙葉(南条3)
▽氷見市
横田祈李(宮田4)
▽小矢部市
髙田歩侑望(石動1)沼田優芽(大谷2)柏山紡希(同3)
▽砺波市
坂井瑛美(出町4)
▽南砺市
安丸心海(福野6)
野口心那、泉羽花、田中彩結奈、西館桜空(入善2)長谷朱莉、柳平優希菜、稲場愛佳、米山芹真、杉本野映、永井晴、田重田暁斗(入善西1)松田柑那、安原莉那、八倉巻桃子、大森美心、藤澤真理(同3)
▽黒部市
船田玲早、山田茉子(清明1)山越公貴、林欣瑜(同2)高瀨優那、今井咲梅、稲留心優、川口美音、石坂清、長谷川舞、宮澤咲絢(同3)村上遥斗(にいかわ総合支援3)
▽富山市
尾口夏帆、坂田結菜、渡辺佳子、宗友七海、三宅真央、牧野依奈、髙野真帆、吉田昊未、石川真緒、大町優月、前田悠太、水口恵羽、宇梶佑都、古川菜優乃、飯田雫月(芝園1)浅木莉奈子、加藤晴、清水萌衣、砂川愛珠、藤岡菜奈、澤田壮太、林香歩、土井心結佳、相川紗穂、富田絹世、廣世真己、槻尾福美、峠相里、勝沢和々花、笹川恵生、中嶋羽菜(同2)勝島凛、別森稜大、沢目一華、喜多つゆき、田中陽梨、池縁輪、山田莉愛(岩瀬1)柚音羽、放生紘輝、横谷莉子、棚瀬はな、山口新太、黒﨑奏美、越前希、齊藤陸(同2)津里真綾、石井遥菜(奥田2)松本紗奈(大泉1)矢後彩葉、吉川朔功(同2)横澤愛來、姫野彩花、廣田柚梨(同3)石畠朋夏、加藤千晴、谷井亜紗妃、門口楓佳、庄司彩桜、泉明里、髙橋志真、木下大輔、安達あいさ、松田咲希、片平綾美、纓田心美、社浦百合香、尾島みこと、石畠幸夏、宮原葵、村田珠紀、砂畑千颯(呉羽1)清水大嵩、窪田琴乃、瀧川颯、庄司憲心、川野結菜、坂井琉奈、新川陽菜、田中美緒、中林結菜、柴詩、矢敷仁來(同2)岡崎壮真、髙場星那、篠田紗来、大門瑞月、髙田遥菜、村上梨花、本田心陽、山本月暖、水島彩暖、山下紅華、北瀨佐菜、山下絢羽(同3)新鞍直大、中川武尊(水橋1)前田夏綺、山田心優、伊勢友尋(同2)山崎詩月、島原あやな、小山佳凜、池田陽祐、向彩羽、前田笑空、山本綾乃(藤ノ木1)中村暖(上滝1)安川凪埜羽(同3)水越碧、古野凛々、中川日葵、中﨑玲美、坪本莉聖、門前颯真、御旅屋颯希、佐藤舞咲、大森莉央、水上結衣、宮腰隆弘、山本莉衣(速星1)滝脇郁花(同2)西林優(城山1)雨森葵(同2)五十嵐大翔(同3)山本圭悟、宮本萌生、水上楓夏、山本来桜、杉本季穂(八尾1)小宮悠生、金谷心愛(同2)伊東祐晴(片山学園3)
▽射水市
吉住桃花、石黒愛幸、釣凪沙(新湊南部1)黒崎莉央、舟瀬彩、若木風多葉、甲田あい(同2)海老和奏(同3)長谷川蓮(射北3)梶原光莉(小杉2)
▽高岡市
平野歩乃花(南星1)浦楓佳(志貴野1)川渕明莉(芳野1)南咲良(戸出1)山内美侑(国吉義務教育8)
▽氷見市
宮川寛菜(南部1)小森翠(同2)
▽南砺市
東田彩那、渡邊こころ(福光1)宮川優香、宮川花香、岩村遥大(同2)河合真穂、東田彩吹、松本志唯、桐山琉奈(同3)主山礼羅、林裕悠、大浦光稀(吉江1)大谷琥鉄(同2)山本華蓮、木戸尚、米田菜々花(同3)
◇小学校
富山市月岡、八尾、南砺市井波
◇中学校
入善、入善西、黒部市清明、立山町雄山、富山市芝園、岩瀬、大泉、呉羽、水橋、藤ノ木、上滝、速星、八尾、射水市新湊南部、高岡市志貴野、氷見市南部、十三、西條、砺波市庄川、南砺市福光、吉江、にいかわ総合支援
◇高校
大門、新湊、高岡工芸、高岡商、伏木、砺波、高岡第一、富山高専射水
県NIE推進協議会長・県中学校長会長 水戸 英之氏
時代で求められる力を
読み応えのある作品ばかり! 審査を終えての感想です。
VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代といわれるこれからの社会を生きていくには、課題に気付く力、探究的な視点、豊かな発想が大切です。出品された作品から、身近なこと、社会的なことなど、それぞれの視点で明確な課題意識を持ち、ウェブ、観察、現地取材など多様な手法で課題解決、解明に向けて取り組んだ足跡がうかがえました。
未来を担うみなさんが、これからも、日常の中での疑問や課題に真っすぐ向き合い、調べ、深く考え、探究的な活動を通して、時代の中で求められている能力をさらに高めていき、未来を担う人材に成長していくことを期待しています。
県小学校長会長 石田 和義氏
進んで問題発見・解決
みなさんの作品をみると、記事を通して身の回りの出来事を新鮮な目で見返し、自ら問題を発見したり、実際に取材・体験を通して解決したりしながら、丁寧にまとめてあると感じました。また、いろいろな意見や知恵に触れることを通して、問題を理解し、判断していこうとする姿に感心しました。
これからは、自分の興味・関心に応じて、いろいろな問題を発見し、解決していくことが求められます。問題を解決するためには、自分にとって必要で、正しい情報を集め、その情報を整理・分析し、解決への見通しを持つことが大切です。
みなさんには、記事をきっかけにして進んで問題発見・解決する体験を積み重ね、やがて社会の中で活躍されることを期待しています。
県高校長協会長 田中 宏育氏
生き方考えるきっかけ
応募作品を見ていると、戦後80年という節目に、戦争に関する記事を取り上げたものが多くありました。そのほか、政治、ネット社会など今日的な課題があり、地元の出来事から国際社会情勢まで、皆さんが興味関心を持った記事に真剣に向き合っている姿が目に浮かびました。
さらに、自分の意見をまとめるだけでなく、これから自分がどう行動していくべきかということにまで触れられていました。記事が皆さんの生活に大きな影響を与えていることが感じられました。
新聞の記事は知りたいことを知るだけでなく、自身の経験を反芻し、生き方を考え、自身が変わるきっかけとなることもあると思います。今後も新聞を通していろいろな世界に接し、傍観するのではなく、自分に働きかけ、自分の考えを発信してくれることを期待しています。
【第22回わたしの新聞コンクールの経過】
2025年度の「わたしの新聞コンクール」は、「かべ新聞」「家族de新聞スクラップ」「新聞感想文」の3部門で応募を受け付けました。
テーマを決めて調べ、取材したことを新聞の形で発表する「かべ新聞」に322点、気になる記事を切り抜いて家族や友人と意見をまとめる「家族de新聞スクラップ」に2,367点、記事を読んだ感想や新聞について思うことをつづる「新聞感想文」に1,728点の計4,417点が寄せられました。
コンクールは北日本新聞社と、北日本会(北日本新聞販売店会)が毎年実施しており、2025年度が22回目です。
審査は、県NIE推進協議会長の水戸英之県中学校長会長、石田和義県小学校長会長、田中宏育県高校長協会長、NIEアドバイザーを務める県東部教育事務所の市村明恵指導主事、中島毅指導主事らが担当しました。3部門合わせて金賞16点、銀賞16点、銅賞204点、入選431点を選出。NIE学校賞には33校が輝きました。 このホームページでは、かべ新聞、家族de新聞スクラップ、新聞感想文それぞれの金賞、銀賞作品のほか、銅賞、入選、NIE学校賞の名簿を掲載しています。
| 主催/ | 北日本新聞社、北日本会(北日本新聞販売店会) |
| 後援/ | 富山県教育委員会、富山県市長会、富山県町村会、富山県各市町村教育委員会、富山県高等学校長協会、富山県中学校長会、富山県小学校長会、富山県私立中学高等学校協会、富山県PTA連合会、富山県高等学校PTA連合会、富山県児童クラブ連合会、富山県ケーブルテレビ協議会 |
| お問い合わせ 北日本新聞社読者センター TEL.076-445-3412 (平日9〜17時) | |

